人生うまくいってる奴はただ運が良かっただけの人間

昨日もまたボルダリングに行って来た。

前出来ていた動きが出来なくなっていた。
やればやるほど下手になっていくのは世の中探してもそうそういないだろう。

センスがないことを続けるのは本当に辛い。
「好きこそ物の上手なれ」と言うがこれは絶対に逆だ。
上手なものこそ好きになっていく」が正しい。

いくら好きでも下手なものをずっと続けていても誰も認めてはくれない。
むしろ時間の無駄だとかセンスないのになんで続けてるのかとか場合によっては目障りだとまで言われて貶されるだろう。
そんな状態で続けてるものが好きになる人間はいない。
たまたま生まれ持った才能を周りに認められてこそ自分の中で価値が生まれて、その物を好きになっていく。

だから俺は大抵のスポーツ選手を努力家だとは思わない。
もともと生まれ持ったセンスを存分に発揮し、小さい頃から褒められ続ければそりゃモチベーションは維持できるだろう。
周りにもマウント取れて気分がいいだろうし楽しいからやってる内にプロになる。
一方で苦手で楽しくない勉強からは逃げる。
そんなのは努力家とは言わない。

努力家っていうのは苦手なことにもめげずに立ち向かう人のことだ。
だからスポーツ選手の中でもベンチ外の応援席から努力を続けてプロになったり再起不能レベルの怪我から復活した人は努力家だと思う。

要するにスポーツ選手や高学歴な人間はたまたま運動や勉強のセンスを生まれ持っただけの幸運な人間なのだ。

別に運動や勉強に限った話じゃない。
人生うまく行くかどうかも運次第だ。
人生がうまくいく才能を持った人間は人生うまくいくし、そうじゃない人間はうまくいかない。
オセロで白でプレーできるか黒でプレーさせられるかの違いだ。(オセロに白か黒かで優劣はないけれど)

それなのにたまたま白になっただけの人間が黒に対して偉そうにマウントをとっているのはどういうことだ?

勝者は敗者がいてこそ勝者になれる。
才能、環境、人間関係… こういった全ての運要素がたまたまうまくいった人間だけが勝者になれるが、その下には必ずうまくいかなかった敗者がいる。
何度でも言うが人間は比較されて価値が認められる。
敗者との比較が無ければ勝者は生まれない。
そのことをすっかり忘れていい気になっている愚者が多いことが許せない。
才能を振りかざすだけならまだしも、芸能人の二世とか一切の努力要素がない親の七光りが偉そうにしてるのは理解不能だ。

運良く人生うまくいってる運だけ人間が、苦しみながらもがいてる人間に対してマウントを取る権利はどこにもない。

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